DAY1私の病気について

私は精神に病気をもっている。

病院ではもうずっと前から統合失調症と診断名がつけられていて、

でも私はまず間違いなく、実際には統合失調症じゃなく、境界性パーソナリティ障害だ。

なぜ実際とは違う診断がおりているのかというと、それはお医者さんが間違っているわけじゃなくて、私がお医者さんに自分の正確な状態を伝えていないだけ。

私と姉は虐待されて育った。

姉は著しく精神を病み、結婚する前も結婚してからも壮絶な自殺未遂を幾度となく繰り返し続け、そして姉自身が妊娠したことをきっかけに、とうとう姉にとっての念願の死を果たした。お腹の子と一緒に。

自分も子どもを虐待してしまいそうなのが何よりも怖いと、妊娠が発覚した直後、死ぬ23日前に、姉は私に話した。

大丈夫だよ、産んだらきっと可愛がれるよ、なんて無責任な言葉しか返せなかったことを今も後悔している。

翻って、私は姉に比べるとだいぶ生ぬるいという言い方も変だけど病み方。

自殺未遂は数回。うち2回は今年の9月と11月。

正社員として毎日働けてはいる。

私は典型的な境界性パーソナリティ障害の症状を、日彼氏に対して露呈しつづけている。

愛情に対する際限のない飢餓感。

見捨てられることに対する強烈な不安。

どこまで私を受け入れてくれるのか、100の愛情を示し続けてくれるのかをいつも知りたくて、そして完全な100でないなら要らないと、しょっちゅう性懲りもなく彼を突っぱねようとする。

気分はジェットコースターのように上昇と急下降を延と繰り返し、自分でも全くコントロールできない。

普段はほとんど崇拝に近いような形で彼を完全に肯定し、でもひとたび私が彼を嫌と思うなにかが起きると、徹底的に非難して彼を疲れさせ傷つけてしまう。

些細な事で簡単にパニックに陥り、彼を巻き込んで荒れ狂う。

彼も私の生い立ちや診断名は知っているし、つづるはやっぱり病気だと思うよと言う。

そんな彼も当然、上記のように日めまぐるしく行き来する私の態度や気分の変化に、一時期は相当困惑していたし、彼まで病みかけたこともあった。

どうしたらいいか分からない、とよく言っていた私もどうしたらいいか分からなかった。なんでこんなに自分をコントロールできないのかいつも悲しかった。

それでもまだ私を好きだと言ってくれている。

これはこの病気にはよくありがちと言われる共依存かもしれない。私は彼をこの病気の内側に取り込んでしまったのかもしれない。

今でも、彼をはねのけたくてたまらないことが、ほとんど毎日ある。

どうせ私を完全に愛してくれることなんかないんでしょうと。

でもそれと同じくらい、彼を必要としている。

私は彼といると幸せだ。

安らぐし、刻と表面が変化する海面のような自分の心も、海底は静かなのだと思える。自分の存在が世界にきちんとフィットする感じ。

たとえそれが、また次に荒れ狂うまでの一時的な平穏であったとしても。

この感情まで病気で錯覚しているだけとは思いたくない。

だからこそ、私は治りたいと思う。

少なくとも自分の感情をきちんとコントロールできるようになって、愛情の飢餓感からももう少し自由になって、その上でちゃんとした健康的な信頼関係とパートナー関係を築きあげたい。

病院に通ってはいても、お医者さんは私を統合失調症だと思っているから、その前提で話をしてくる。

自分から私って境界性パーソナリティ障害だと思うんですけどなんて今更言う気は今のところない病名が違っていようとなんだろうと、とりあえず第三者に診てもらっているという安心感は多少なりともあるので受診を続けている。今の主治医はいい人だけれど、現状以上に頼る気はない。

少なくとも私にはカウンセリングもあまり効き目が得られないことも過去の経験で分かっている。

だから私は自分で自分を治そうと思っている。

モーニングノートは毎朝書いている。

ひたすら愚痴ばかり出てくることも多いけれど、必ず自己肯定や自己受容の言葉で締めくくるようにしている。

自分の心や過去を見つめ直すワークができる本も買って、今取り組んでいるところ。

生まれなおすということが、私にもできるだろうか。

このブログは、その戦いの記録にしていく。